読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こじらせ女子のつまらない出来事

長めの文章が好きな方へ

スポンサーリンク

大人になってから自己肯定感を高めるには

日常生活 心・人生 考えごと

自己肯定感について言及したブログを読みました。

 母親の呪縛~自己肯定できない女達 - ぼくら社Blog (id:bokurasha

 自己肯定感ってどうやったら上がるの?

 親に愛されてきた人が語る決定的に間違った毒親との関係   

  何をやっても劣等感がすごいんだ。 - はてな匿名ダイアリー

  暗いので、こじらせてる感じが好きな人以外は読まないほうがいい記事…。 - おおきくなりたくありません 

最近、日経ウーマンですら「褒め日記で自己肯定感UP!」といった特集を毎号やっているくらいで、最近の流行なんでしょうか。

ひどく複雑で、苦しい気持ちを抱えて生きている人がたくさんいるんだと思いました。

 

私は母とはほぼ絶縁しています。

メールや電話を拒否している訳ではありませんが、基本的には家族としても、金銭的にも一切交流しないということで合意ができています。

父は私が中学生のときに一方的に出て行ったため、いません。弟とは年に数回細々とメールのやり取りをする程度の関係で、海外に親しい従妹はいますが、それ以外に家族と呼べる人間はいません。

基本的に1人で生きている状態で、いまは心や体の安全を脅かされることはなく、とても穏やかに生活できていますが、ここに至るまでさまざまなことがありました。従妹やとても親身になってくれた何人かの友人の助けがなければ、生きていられなかったかもしれません。もっとつらく、苦しい経験を方もたくさんいるとは思いますし、私は母の援助で大学まで進ませてもらい、恵まれた育ちであると自覚もしていますが、「精神的に瀕死」と言うしかない経験をしました。

 

ネット上では、よく「大人なのに自分の問題を生育暦のせいにするのはおかしい」*1、とか、「ひどい家族ならば縁を切ってしまえ」、という意見を目にしますが、そう簡単なものではないと私は思います。歯を磨けば虫歯にならないよ、というように、親を許せば、親を捨てれば解決します、というように人の心はできていないのです。

何度もそのように語り掛けてくれた友人なり、カウンセラーの先生なり、本なりがありましたが、「そんなこと言われても!」とずっと思っていたし、じゃあ許します!と思ったところで、ほぐれてこじれた心はいきなり解けるたりはしません。

でも。

母を許す、父を許す、なかったこと、終わったことと思う。新しい人生を得たと思う。

私はこれらをすべて体験しました。ある日、すとんと心がほぐれて、みんな仕方がなかったんだなという、納得や許しという感覚を得る瞬間があったのです。

やろうとしてやったことではなかったし、許そうとして許そうとしたわけでもありません。今でもひどいなーと思うし、実際に会わねばならない機会があれば、足がすくむし、自分はひどいな、と思うこともあります。

でも、私はほんのちょっとかもしれないけれど、家族の問題を過去のものにできて、自分自身を少し(以前に比べたらだいぶ)肯定し、許せるようになり、幸せだな、と思えるようになりました。

とても長いエントリになりますが、自分自身や両親の問題で苦しんでいたり、どうしたらいいのかわからない、と思っている方がいたら、ぜひ読んでみて下さい。

こうしたら絶対によくなるよ、治療法はこれだよ、という方法は何もないと確信していますが、もしかしたら手助けになる情報があるかもしれない。あと、変われたよ、幸せになれたよ、という人がいることを知ってほしい。

過去を見つめることを馬鹿にしたり、家族をや自分自身を大切にできない(と思っている)あなたを、ひどく言ったり、痛めつけるような人には負けないでください。十分に頑張っているよ、何も悪くないよ、と私は伝えたいです。

 

自己肯定感が低い状態とはなにか

いつも崖のふちに立っているような気持ちでした。

成功したことはすべてたまたま、偶然、幸運によるものなので、いまの人生は本来の私が得られるようなものではないのです。そんな価値や能力がある人間ではないのです。

なにか一つでも失敗したら、すべて(友情であり、社会的地位であり、他人からの好意であり、いわゆる愛情や安心を感じられる)を失うに違いない、と思っていました。

だから、みんなが見ている私は、たまたま幸運や偶然に固められたものなので、本来の私の姿を看過されたらどうしよう、と思っていました。自分を知られてはならない。みんながっかりして去っていく。こんな風に他人や自分をだましていて、なんてひどい人間なのだろう、と、罪悪感もありました。

だから、失敗や失態は許されません。自分がしたいことや、望みをかなえるよりも、周囲からの評価(この周囲の範囲は人によってさまざまだったりします。愛情の対象=恋人や配偶者のみ、という人もいるでしょうし、私はゆがんだ形で社会全体、家族を含めた他人すべてをみていました)を大切にします。

当然ですが、心の安全が常に脅かされている状態なので、自分の満足心や、楽しみを追求している余裕はどんどんなくなります。幼少期や思春期にくらべ、やりたいことがわからない、と感じている人が多いかもしれませんが、それは成人してからのほうが、社会的に達成しなければならないことが増えてしまうので、そちらに向けるエネルギーがどんどん必要になってきて、余力がなくなってしまうせいではないかと思います。

なので、どこまでいっても苦しいままです。

私は、自分には人並みの価値がない、とずっと感じていました。まともに、普通の人と同じように、好意や愛情、関心をよせるにふさわしい存在ではないと、当たり前のように子供の頃から思っていました。

家族や恋人、友人がいたりするのは、私が何かの役に立っているから。なにもできることがなくなったら、何の価値もなくなってしまうだろう、と心底(そこまで言語化していなかったにしても)感じていました。

今いる場所は借り物で、偶然か、幸運か、なにか役立てることがあるからか、そのどれかのおかげでたまたま居られるだけなので、もしボロがでたら、状況が変わったら、頑張れなくなったら、すべて失うだろう。そうしたらどうしよう、と心はいつも不安でいっぱいでした。

さて、こんなことをあなたの恋人や、友人が言っていたらどうしますか。愛する子供でも構いません。

「そんなことないよ、何もしてくれなくてもいいんだよ。一緒にいるだけで楽しいよ、幸せだよ。大丈夫だよ」

そう言って、安心させてあげたいと思いますよね?

これが、他人へ向けることができる当然の愛情が、自己には向かない。自分自身に対してだけは例外である、この状態が、自己肯定感が低い状態だと私は思います。

 

自己肯定感という言葉にあまりなじみがなく、でもなんだか苦しい、自分はだめだと思ってしまう、そういう人がいたら、一度、この問いを自らに向けてみてください。

自分自身を優しく、労わることができず、むしろ価値が低く駄目な存在であるとして認識しているということが分かったらおそらく、あなたの心そのものが、自己をさらに傷つけているのです。

そして、自分自身はもちろん、親しい友人や恋人、大切な相手を、あなた自身が信頼できていない、というサインでもあります。

自己肯定感を得られなかった原因を探る

どうしてそんな状態になってしまったのか、について、自らに問いかける旅に出てみましょう。

まず、これらの本を読んでみることをお勧めします。

 

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

 

 私が、どうやら自分の自己認識や、がけっぷちでいるような心境が人と違うのでは?何かおかしいのでは、と思ったときに、最初に手にとった本です。平易で分かりやすく、簡単に読めますので、まず読んでみて下さい。

この本を読んでみて、どうやら、母や父といった、家族関係に原因があるのではないか、と思った人は、こちらも読んでみてください。

 

毒になる母親

毒になる母親

 

 翻訳ものなので、すこし読みづらいところもありますが、この本には、著者が不幸な家庭生活と、母親からの呪縛を解き放つに至った方法も書いてあるので、参考になるかと思います。

興味深い点として、自己肯定感が低い子供は、2パターンに分かれて成長すると分析している箇所があります。

片方は、いわゆる良い子として育ち(親のむちゃくちゃな要求に応え続けることが愛情獲得の道であると思う)、社会的に成功するタイプ。私はどちらかというとこちらでした。

そして、もう一方は自分には価値がない、何も出来ないのだから、と道を踏み外していく(アウトローになったり、ドラッグなどにおぼれ回避的な人生を歩む)タイプ。

著者も前者であったようで、努力して成功したら幸せになれると信じていたのに、いつになっても、どこに至っても幸せが訪れない、満足感も達成感も得られず、不安ばかりが募っていく(逆に、いままでひどい気持ちでいたのは、まだ努力が足りないから、目的に達せられていないからだ、とガマンしてきた)ことに疑問を持ち始めたところから、自らを見つめなおし、この本を書くにいたったとしています。

いわゆる、良い子で優等生であったりするタイプは、隠れ自己肯定感が低い人がちらほらいるのではないかと私は思っています。この本にもありますが、幼少期から、みずからの目的意識や、行動原理が、自ら選択したものではなく(そのように錯覚しているケースも含む)、母などの両親の期待に応える、愛情を獲得することになってしまっているからです。そのぶんの愛情をかえしてくれる両親なら、良いのです。家族は自らの欲求を満たすための存在である、と思っている両親であった場合、それは見果てぬ夢になり、いつまでも達成できない、悲しい目標になってしまいます。エネルギーは消費する一方、どこまでいってもリターンがほとんど得られないので、年を取るほどに生きて行くことが苦しくなって、疲れ果てていきます。

 

なぜ、「白雪姫」は毒リンゴを食べたのか

なぜ、「白雪姫」は毒リンゴを食べたのか

 

さて、あれ、なんか私って何のために生きてきたんだっけ??と思った人、あと、両親に違和感を感じつつ、批判的にみることに強い抵抗感を感じた人は、ぜひこの本も読んでみてください。

不幸にして、子供の幸せを願えない、幸せよりも、自らの心の充足感を満たすことを優先してしまう親もいます。その結果、子供は認知だけでなく、行動選択まで知らず知らずのうちにゆがめてしまう、ということが書いてあります。

 

自己肯定感を高めるにはどうしたら良いのか

これに関して、私は自分にとって有効だったなぁと思えるいくつかのことを知っていますが、確信はありません。でも、私の人生に何があり、今どうなったのか書いてみます。

 ※私の家庭に何があったのかを細かく書いていくときりがなくなってしまうので、必要な箇所以外は省略することをお許しください。説明不足で意味が通じないかもしれませんが、なにをしていったかを中心に書いていきます。
 ※とても長いので結論だけ読みたければ次項へお進みください

数年前の私は、なんだか自分のものの捕らえ方がおかしい?と思い、愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書) を読みましたが、その後しばらく普通に生活をしていました。そうか、自分ってこうだったんだ、とは思ったけれど、どうしたらいいか分からなかったし、まあそんな人もいるよね、意外と大丈夫なのかな、とあまり気にしなくなったのです。自分の親子関係を見つめなおすのが怖く、いったん忘れていました。

しばらくして、破局が訪れました。母の愛情を求めるのはムダだ、一生得られない、と思い知った出来事があり、自分がいままでやってきたことは、すべて母のためだった(母の愛情を得るための手段にすぎなかった)、とやっと認識しました。

そして、さーっと気持ちが引いていき、実家を出ました。これが母を離れよう、と思った日でした。

それでも、母に対する申し訳なさは常にありました。私のせいで母は不幸になった、母を大切にできていない、私のせいでこころを痛めている、このことを思うと苦しくてたまらず、実家の近くに住み、母の要求に応じて頻繁に帰宅していました。

でもだんだん、それがとてもつらくなり、体調を崩し気味になり、あまり帰宅できなくなりました。申し訳なく、謝っても母の不機嫌は治まらず、そしてある日帰宅した際に、決定的な出来事が起こりました(私の誕生日でした)。

パニック障害の症状が出始めました。過呼吸になり、吐きました。でもこれを知られてはいけないと、早々に辞去して、その後一切帰宅しなくなりました。実家を避ければよいというわけでもなく、仕事中も気がつかないうちに涙が溢れることはしょっちゅう、自分が正気かわからないことが続き、さまざまな身体症状が出ていました。当たり前に普段やっていたことが出来なくなり、当然まともに働けませんでした。

ある日、私は、トイレの個室から出られなくなってしまいました。私にはさっぱり理由がわからず、別に、母は昔からずっとそんな調子だったし、恋人との行き違いはあったものの、何もかもいつもと同じ調子だと思っていたので、急にひどい状況に陥るような何かがあったわけではなかったからです。急に、私の精神が壊れてしまった(?)理由が分からなかった。

どうしたらいいかわからない、と連絡した私も助けに来てくれたのは、友達でした。

その友達は、臨月に近い妊婦であるにもかかわらず、私の会社まで迎えに来てくれました。なにがなんだかよく分からずに泣く私の話を聞き、落ち着かせてくれて、その場でカウンセラーの手配をし、状況を整理してくれました。

頼っていいんだよ、何も迷惑ではないよ、と、実感させてもらった始めての日でした。

それから色々なことがありましたが、私は1人でいることが困難になっていましたが、休職はせずに仕事を続けながら治療を受けました。比較的、仕事のような目的がはっきりしている行為を行う際は精神の安定を保てていたし、社会的地位を失うことへの恐怖感が強くありました。

服薬することに強い拒否感があったので、カウンセリングを受け、パニック障害の最低限の治療を受けつつ、基本的には対症療法で対処していきました。

友人は可能な限り一緒にいてくれました。

それでも、休みが増えたりや仕事のペースが落ちるなどの支障がかなり出ていたので、上司やチームメンバーには報告せざるを得なくなってしまいました。

通勤や家事といった、ごく普通の行為もかなり難しく、気力を振り絞ってなんとかこなしている状態だったので、いつ何もできなくなるか分からないと実感したからです。引継ぎなり、一部の仕事をシェアするなどの対処をしておかないと、仕事が回らなくなる日が来るかもしれないと思っていました。

メンタルに問題を抱えており、仕事を続けられない可能性が出てきている、と打ち明けることはかなり辛いことでした。問題があると知られたら、今まで努力して築き上げてきたポジションを失うかもしれない(比較的花形の、激務といわれる仕事をしていたので)、もう重要な仕事は任せてもらえない、終わりだ、と。使えなくなったら、会社にもいられないかもしれない。

この、上司に打ち明けた日は転機になりました。私は異動もしなかったし、仕事を外されることもなく、出来ない分はお願いしてカバーしてもらう形で、なんとかなりました。私のメンタル的な問題が、知れ渡ることもありませんでした。上司は優しく、待っているからと言ってくれました。

実際、私はちょっと特殊な仕事をしていたので、代役を立てるのが困難であったという事情もあったのでしょうが、築き上げてきたものがたしかにあり、会社にも受け入れてもらえている、と思うことができました。簡単に見捨てられたりはしないのだ、とも(よくよく考えたら、ほとんど問題を起こしていない状態なので、見捨てられる訳がないのですが、そのときは冷静な判断力を失っていたので、まさに崖の淵から落ちる心境だったのです)。

それからいろいろなことがあり、帰宅や連絡ができなくなった私を母がひどく詰り、周囲の人間を巻き込んで非難されるようなこともありました。

体調不良を理由に、要望に応じられないことを繰り返し謝っていたにも関わらず、です。母からは私は裏切り者のように見えていて、どんなことをしても正当だと思ったようでした。どこかで、いつか母に私の気持ちを分かってもらえる日がくる、気持ちに応えてくれるときがやってくる、とほのかに期待していたことに気づきました。そして、もうそんなことをするために頑張っていく気力も体力もなく、母を捨てよう、と決めました*2

パニック障害の症状は半年程度で収まりましたが、それがなくなっても、ひどい不安感や、罪悪感に悩まされていました。母から定期的に攻撃されていたので、それも苦しかった。

それでも、友人なりカウンセラーの先生もそうですが、味方になってくれる人がいるのだとやっと思えるようになりました。

それまで、私は自己開示がほとんどできない人間でした。自己肯定感の低さのところに書きましたが、私の個人的な事情は取るに足りない、価値がないものだと思っていたので、友人も誰も関心がないと思っていたし、なにか話したら迷惑だろうと思って口を開くことができなかったのです。でも、様子がおかしいことを心配して連絡してくれる友人がいて、そこから少しずつ、少しずつでした。

それに、独り暮らしのなんてことのない部屋だけど、自分だけの家があり、これからも居られるであろう職場もあって、居場所もあるんだと思いました。これは、自分がなんとか働いてきて、努力して得られたものに違いがなく、これは、母であれ、誰かに脅かすことはできないのだと思いました。

その後の説明は省きますが、母の私への攻撃(と私は認識していた)をやめさせ、私になにも要求しない、もう放っておく、という状態(=絶縁する)という状況に持っていくことが出来ました。

私は、母のために借りた負債がいくらかあり、そのせいで金銭的に困窮していた時期があったのですが、それも、私の負担がないかたちで整理することができました。

これらは、すべてたまたま来日していた従妹が助けてくれました(一人でもそうする覚悟を固めていたけれど、全面的に味方してくれたことは心底ありがたかったです)。半狂乱になる母をなだめ、話をきき、金銭的な問題も間に入ってくれたため、スムーズに進めることが出来ました。

弟や、母の周囲の人間には、無責任だ、非情だ、とひどく責められたけれど、「意に染まない状況や、問題を押し付ける人間のほうが悪い。大切にする必要がない」、と従妹は常に味方いてくれました。

 

それから1人になって、私はひどく落ち込んでいました。もうこの世界に何のよすがもない、家族すら大切にできず、傷つけてしまった。

自由になったはずだったけれど、誰かのためになら頑張れるというのは本当で、いま、この瞬間からもう自由だよ、全部自分のために時間を使ってね、といわれても、私は好きなこともやりたいことも全然思いつくことができず、何をしていいのかわからなかったのです。そもそも、私の人生なんて損なわれてばかりなのだから、これ以上自分のために何かをしても、なんの意味があるのだろう、と思ったりしていました。長い人生、ずっと無駄なことに費やした。若さや時間は戻ってこない。私の人生は無駄だった。失敗した。

これなら、母の傍に居るほうが幸せだった。でも、心が破綻してしまったからもそれもできない。今更許してもらえない、もう誰の役にも立てないし、生きていたくないな、とも。

なので、とりあえず冷たい恋人に尽くしてみたり、ダラダラしたりしていたけれど、あまりしっくりきませんでした。死んだような毎日でした。

しばらくして、通院等で金銭的に困窮していたこともあり、まともに出来なくなっていた自炊や弁当作りを再開しました。ごく普通の作業だけど、自らの手で何かを作るということに達成感を感じるようになり、友人を招いた際に喜んでくれることもとても嬉しく、パン教室に通ったり、お菓子を作るようになりました。

たまたま激務に疲弊していた友人がいたので、森林セラピーとやらに行ってみようと山歩きをしてみたら、それがとても楽しく、自らの足で歩いて汗をかき、体を動かすことで、確かに生きている、という感覚を取り戻すことができました。

自然を歩くなら、よりきれいな写真を撮ってみたいと、カメラを買ったりしました。

じぶんの状況や気持ちを整理してみたいな、とブログを書き始めました。

もともと好きだった、読書やテレビ、映画鑑賞も再会しました。ジム通いも再会し、ヨガもはじめました。思い切って旅行にも行きました。

今から思えば、自分を取り戻すための旅でした。

そして、幸せになりました。

性格には、幸せだな、楽しいな、もっとあれをしたい、これをしたい、という、普通なら当たり前であろう気持ちを、やっと取り戻しました。

気がついたら、母への恨みや憧憬、父や過去にあったことへの絶望感、悲しみがかなり少なくなっていて、確実に地続きではあるのだけれども、目の前にリアルに存在することではなくなっていました。

ずっと、母や父も仕方がなかったのだと自分に言い聞かせていたけれど、納得できず、感情的にこじらせていた部分があったのに、解けていました。

これが許しかはわかりませんが、とても楽になりました。もう終わったこと、になったのだと思います。

 

自己肯定感を高めるにはどうしたらいいのか、まとめ

上記のことから、おそらく、これが良かったのだと思うことをまとめてみます。

  1. 家庭環境に問題がある場合は、実家を離れる
    進学、就職など、当たり障りがないきっかけを作ることが有効です
    一般的に、毒親は子供に関心がない割りに、離れていこうとするのを察知すると全力で引止めにかかります。ストーカー的な行為をするケースも多々あります。これらを防ぐために、仕方ない理由をつくり、離れてみることをおすすめします。※激薬ですが結婚も使えます…

  2. 過去を振り返り、自己肯定感を得られなかった原因を探る
    上記のとおり、読書をして、まず自分の常識や認識を改めてみることが大切です。私は、心底母は私を大切にしてくれているし、うまくいかないのも、父が離れていったのも私のせいだと思い込んでいました。実際は違うのですが、それを認めると自分の生きてきた道すべてを否定することになるので、できなかったのです。自己肯定感と両親との愛着の問題の裏には、必ず認知の歪みがあります。これを見つけ出すための作業です。
    ※ただし、思い出したくないことを思い出すリスクがかなりあります。私は忘れていた過去のさまざまな不幸(暴力とか)を目の当たりにし、一時期ひどく精神が荒れました。できたら、信頼できるカウンセラーや友人と作業することをお勧めします

  3. 原因に思い至ったら、感情を爆発させる
    認知の歪みは、怒りや悲しみを表すことを許されない状況から生まれます。ふつふつと怒りや悲しみ、絶望感が湧いてくると思います。これらの気持ちは、普段生きていくには邪魔なので、人は抑えようとしがちですが、今回は、思いっきり爆発させ、親が原因ならば、親を恨んでみてください。いつか許すとか考えなくていいです。これは、本来抑えていた感情を取り戻すための作業です。私は、どうしてもこれが出来ず、精神的な症状や、体調不良の形になってしまいました

  4. 誰かに共感してもらう
    その怒りや、悲しみを誰かに打ち明け、共感してもらい、肯定してもらうことが大切です。大抵の自己肯定感の問題は、幼少期に世界から受容されているという感覚を得られなかったことに端を発しています。大人になって、自分の幼少期や家庭内の恨みつらみを抱えていることを打ち明けるのは、ひどく辛く、恥ずかしいことでしょうが、あなたを大切に思ってくれている人なら、戸惑いはあるかもしれませんが、抵抗なく受け入れてくれます。自分が受け入れてもらえる存在なのだ、と認識しなおすためのステップです。
    私は幸いにしてよい友人が何人かおり、また、従妹もいました。逆に、打ち明けられないな、と思ったり、あまり相手にしてもらえない人もいました。例えば、恋人がそうでした*3。それは私があまり信頼できないと認識しているのだな、と思うことにしました。愛情がある相手に分かってもらえないことはとても辛かったけれど、今後の人間関係をスクリーニングする良いきっかけになりました。身近な誰かが難しければ、カウンセラーの方に聞いてもらうことが良いと思います。彼らは専門知識と、さまざまな事例を知っているので、それをもとにしてあなたの味方になってくれるはずです

  5. 自分は悪くないのだと、認識する
    自己肯定感を得られなかったのは、あなたがどんな悪人であったとしても、あなたのせいではありません。何も悪くなかった。価値がなくなんてないし、誰がなんといっても人並みでなかったりなんてしない(仮に、どんなにバカで不細工だったとしても)。自己肯定感が低いことが問題なのは、生来自分が価値がないのだと思ってしまうことが一つあると思います。がんばって得られた社会的地位であったり、交友関係であったり、趣味や特技も、その無力感の前には霞みます。まず、そもそも悪くなかったんだよ、と認めて、そのあと自分が今もっているものを認めてください。なにも努力しなかったし、大した成果もでてないし、目標に達していないし、と思うかもしれないけど、それも自己肯定感が低い人の特徴で、どこまでいってもこれでよいと思えないのです。最悪、大人になって、呼吸をして生きている、それだけでも、成し遂げたことなんだよ、と思います。
    ※これは、ホントすぐにはムリです。ていうか、私もムリ。褒め友達でもつくり、お互いに褒めてみるのはどうでしょうか・・・

  6. 逃げていい、生きていくためになら
    周囲の状況により、つらい何事かを押し付けられ、思うがままに生きられないと思っている人もいるかもしれません。でも、あなたのしたことの結果(たとえば、自分が自発的にした借金とか)でないのなら、無理に責任を取る必要はまったくありません。毒親と呼ばれる人は、罪悪感や責任感を植え付けるのがとてもうまいです。自分がしなきゃいけないと思っていることは、本当にあなたのせい?あなたのやりたいこと?なにか、辛い気持ちにさせることを強制している人がいるとしたら、そこからは逃げていい。納得感のない人生を歩んでいるから、辛くなるんだと思います。自分の尺度で自分で決めて生きていくために、状況を変える必要があるのだとしたら、それは絶対にやっていいことなんです。

  7. 社会や友人に肯定してもらう
    自分自身や親、家族に肯定してもらえそうになければ、まずは社会や友人に肯定してもらいましょう。本当はずっと肯定してもらえていたのだけど、私はひどいことになるまで気づけませんでした。そして、そんな私を好きでいてくれた友人や、居場所を与えてくれた会社・同僚にとても感謝しました。意識したことではなかったけど、頑張ってきてよかったと思いました。
    自己肯定感が低い人は、破滅的な人生を送ることも多いようですが、社会的に成功していた場合、その可能性が減るんだそうです。職や役割があるということは、対価を得るにふさわしい働きをしているということなので、承認欲求を満たしやすい面があるのでしょう。まだまだ自分なんて、と思うかもしれないけれど、その場所に来ることができた自分は、認めるに足る努力をしたということです。

 

 まとめ

大変長く、まとまりのないエントリになってしまってすみません。書きたいことはたくさんあって、まだ書けていないこともいっぱいあります。

私の抱える問題は解決していませんし、価値判断や認知が揺らぎやすく、私はこれでいいんだろうか、と思うこともたくさんあります。

でも、かつてと違って、苦しく、絶望的な気持ちで日々を過ごすことはほぼなくなりました。悲しい出来事はもちろん悲しいのだけど、ふり幅が少ないのです。

また、友人や恋人に大切に扱ってもらえる自分、というのを風に受け入れられるようになりました。もちろん、ありがたさはつよく感じているし、感謝もしています。でも、かつてのような卑屈さはなくなりました。少なくとももう、崖のふちにはいません。

愛してもらうために、なにかのために役に立とう、という気持ちはかなり少なくなりました。人のために何かをすることがあっても、やりたいことをただやっているだけ、という感覚です。

 

こんな穏やかで、幸せな気持ちで過ごせる日々が来るのだと、とても幸せに思っています。もし、悩んで苦しんでいる人がいたら、ずっとこのままなんだ、つらいと絶望している人が居たら、変われるよ、全然違う人生もあるんだよ、と伝えたいと思いました。

読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

【追記(2016/3/18)】
公開から2年近く経つこの記事ですが、いまだに多くの方にアクセスしていただいています。自己肯定感の低さは、人生に様々な影響を及ぼしてしまうことが、世の中に認知されるようになってきているのかなぁと思います。
2年たって、相変わらず私は元気です。もう崖の淵にいるような気持を感じることはないし、むしろ少しずつ記憶が薄れてきているように思います。周囲の評価や目線もほとんど気にならなくなってきました。
ふてぶてしいと思われるかもしれませんが、自分なりの幸せや、やりたいことは何だろう、と考えられるようになってきました。今の私のことは、好きだなぁと自分でも思えます。
どうか、みなさんが幸せで過ごせますように。

補足*

この記事以降、自己肯定やこころに関する記事をいくつか書きました。
今も「自己肯定感」という検索ワードで当ブログにいらっしゃる方が多いようですので、もし興味があればご覧ください。

この記事の補足記事


補足と御礼とコメント返し/大人になってから自己肯定感を高めるには - こじらせ女子のつまらない出来事

 

当記事を投稿してから約1年ほどたった、2015年に思っていること


自己肯定から自己受容へ ~もっとずっと若かった頃、色々なものが怖かった~ - こじらせ女子のつまらない出来事

 

毒親、毒母関連に関心がある方に向けて


アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』 ~母親に違和感があるあなた、そして、いま母親であるあなたに読んで欲しい物語~ - こじらせ女子のつまらない出来事

 

こちらのブログでもまとめていただいています。ご参考にぜひ。


そして私たちは、自己肯定感というタマネギを剥きながら生きる。 - 街場のワーキングマザー日記


自己肯定感を高めるためにはどうしたらいいか考える際に参考になるブログ | 読んでスッキリ!うつ病共感ブログ

 

スポンサーリンク

*1:過去を理由にしていいとは私もまったく思いませんし、その他の問題にまで自らの不幸を理由に目を背けたり、やるべきことをしないといった人を肯定するつもりはまったくありません。ただし、自己肯定感の問題を抱えている人にとって、何が原因でこうなっているのかを見つめなおすことが非常に重要です。認知や自己認識に問題があるケースが多いからです

*2:この部分を、後々弟に、ひどく不誠実だと言われました。家族なのだから、理解を得られるまで根気強く、話をするべきだった、こんなにひどい状態に追い詰められる前になんとかするべきだった、と。返す言葉もなく、しかし、母が私の話に耳を傾ける日はそれまで一日もありませんでしたし、弟に間に入ってもらいたいと思ったときも、手を差し伸べてはもらえませんでした。後々まで後悔しましたが、結局、ムリだったのだと思います。

*3:恋人があまり親身になってくれなかったことはとても苦しかった。彼は分からない人なので仕方がなかったのですけど。このことは非情に辛かったです。役に立つ、楽しく付き合える相手でないと必要としてくれないのだろうな、と。でも、ある意味では寄り添っていて一緒にいてくれたことも事実で、感謝はしています