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こじらせ女子のつまらない出来事

長めの文章が好きな方へ

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結婚式に出席すると、その子への気持ちが分かるよね、という話

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ここしばらく、第2の結婚ラッシュが訪れたようで、結婚式・披露宴へ出席したり、招待状を受け取る回数が増えてきました。over30あるあるですね。

親しくはしているけれども、学生時代の友人が多くて、披露宴までは呼んでもらえないだろうなぁと思っていた友人から、招待してもらえたりすると、本当に嬉しいです。

もちろん、結婚の報告を受けた際に、個人的にお祝いさせて欲しいとは申し出ていたんだけど、「忙しいと思うんだけど、都合がつけば式にも是非来て欲しい!」と言ってもらえて、なんだか涙が出そうになることも。

色々なことがあって悩んだ上での結婚だし、この先にも色々な不安があると思うけど、なんとか乗り越えて幸せになって欲しいなぁと思います。心底。

 

その反面、とんでもない出来事がありました。
先日出席した披露宴での話です。

 

その披露宴は、このブログにも何度も登場している、学生時代を通じての仲良しグループの一員の披露宴でした。お友達暦は15年以上、放課後の遊びはもちろん、メンバーの誕生日会を毎回開き、旅行に行き、青春時代を共にしてきたといっても過言ではない友人です。

 

彼女はいわゆるビッチです。

中学時代から男性によくモテるタイプで、15年間を通じて、浮気、不倫、二股、セカンド、セフレ、いろいろやっていたことを知っています。

もちろん、最初からとんでもない女だったわけではありません。彼氏はいたけど、浮気だって大学に入る頃まではしていなかったし、どちらかというと、彼氏一筋で恋愛体質で男に振り回される女でした。矢沢あいの「NANA」というマンガに出てくる、ハチ子みたいな女でした。

おそらく一番好きだったんだろうな、と思う幼馴染の男の子にひどい形で捨てられてから、なんだかおかしくなっていった気がします。

彼女は、よく男にひどい目に合わされたり、「うっかりと」ひどいこと(だいぶ前ですが、初めて浮気をしてしまったとか、既婚者と関係を持ってしまったとか)をしてしまっては、動揺して泣きながら、よく私に電話を掛けてきました。

その頃は私も、世の中にそんなことをやる人間がいるなんて、知識としてしては知っていても、実感を伴って理解することができなかったものですから(10年ほど前の話です)、なだめつつ、経緯をききつつ、心情をききつつ、説教したものでした。

「そんなことをして、人としてどうかしている!」と。ある時は、あんなに大切にしてくれる彼氏の気持ちを裏切って、人として恥ずかしく、申し訳ないと思わないのか、と。相手の男性の妻子に対して、何も思うことはないのか、と。

それに対して、彼女はよくこう言っていました。

「てぃぐてぃぐちゃんは酷い!私の親友なのに、なんで私の味方をしてくれないの!?」と。

 

あなたのダメなところを受け入れられた末に、それでも友達だと思っているのだから、それが本当の友達ということではないのか、と答えていたような気がします。

私は心情的にはいつも、彼女より彼女の彼氏(浮気された側)の味方でした。

 

今にして思えば、そもそも彼女とはモラルや価値観が違いすぎる訳で、今現在、同じようなことがあっても、首を突っ込んだり、親身になったりはできないし、求められないことでしょう。でも、昔からの強固な友人関係があったので、私はそれに気づきつつ、モヤモヤとしつつ、何も出来ませんでした。

友人であれば、間違いがあれば諭すべきなのでしょうか。何でも言い合えることが大切でしょうか。
若い頃は私もそう思っていました。でも、今にして思うことですが、言語が違う相手に何を話しても理解してもらえないのです。本当は、対話をしている訳ではなかったのですから。

 

それから数年して、彼女が不倫関係にどっぷり浸かっている頃には、「話を聞く気はないから」と、相手をする役割を放棄していました。その頃には、酔った末に他人に暴言を吐いたりする場面がしばしばありました。

ひどく怒りを覚えることがありつつも、それでもどこか彼女が好きで、彼女との関係を大切にしていたいと思っていました。それでも、遊びの感覚が合わない訳ではないだから、楽しい時間を共有する友人、と思えばいいな、と。

 

それから数年して、彼女はさらに立派なビッチになりました。不倫関係の果てに、人を人とも思わないような、他人の気持ちや痛みなど露ほども頭に浮かばない発言をしたりして、もはやまるで別世界の出来事のようでした。

 

しかし、捨てる神あれば拾う神あり、そんな彼女にも生涯を共にしようと決意してくれる男性が現れました。

昔からの知人関係なので、彼女のビッチさは(全てでなくても)知っているはず、それでも、と、思ってくれる心の広い男性です。

何度か会う機会がありましたが、周囲に気を使いつつ、彼女にも優しく接して、ワガママも許してくれる、素敵な男性です。

彼の人柄の良さは、披露宴での新郎側出席者側の熱烈な祝福ぶりからも強く伝わってきました。主賓スピーチも、友人の余興も、心のこもった大変暖かいもので、人望があり、周囲に愛されている男性なのだと伝わってきます。

 

そして私は、こう思いました。

「彼女が、彼のことを不幸にしなければ良いなぁ」、と。

 

新郎側出席者の盛り上がり方と、新婦側出席者との温度差は、あきらかでした。

あまり付き合いが深くない方の友人テーブルは、共通の知人・友人の噂話ばかり。新郎や新婦など話題に上がりません。先に述べたように、新婦はかなりの美人な上に、細部にまで拘った式でしたので、「完璧な仕上がり」「いくらかけたのか」などという感想を述べられる始末です。

我々、親しい友人テーブルは、苦笑したり、苦笑いしたりしながら、「あの子らしいね」、(プロフィールや写真をみつつ)「綺麗にまとめているね」、そして、「可愛いね」「綺麗だね」と、そればかり、言い合っていました*1

 

彼女ほどは親しくない女友達や、職場関係の披露宴でさえ、「どうか幸せになって欲しいなぁ」といつも思っていたのに。

彼女は、ごく一部の親しい人以外には、とても外面の良いタイプです。上品で、きちんとした女性にしか見えません。

その日のあいだ、彼女と、彼女を取り巻くすべてが、とても美しく整えられたものに見えました。完璧に準備された、晴れ舞台です。彼女だけを見ていたら、完璧にやり遂げた一日だったと思います。

 

そんな風に考えている自分が、私は恐ろしくなりました。

ずっと、もしかしたら一番の友達だったかもしれないのに。長電話をして、旅行に言って、一晩中話して、長年ずっと、なんでも話せる親友だと言ってくれていたのに。

 

彼女の幸せを願わない訳ではありません。

旦那さんは、きっと誠実な人柄で、彼女を幸せにしようとしてくれるでしょう。恋人時代から、入籍してからも、ずっとそう努力しているように私には思えます。でもきっと、彼女が望む幸せは、あの旦那さんでも、他の誰でも、満たしてあげられるものではないような気がするのです。

彼女の結婚生活への不満とグチ、旦那さんへの非難や、彼への気持ちを聞いていると、ただのグチではないように感じられて、怖くなることがあります。これが勘違いだったらどんなに良いだろう、と、しばしば思います。

本当は幸せで、愛しているのに、あえて露悪的になっているのだろう、だとしたら、どんなにいいだろう、と。

 

きっと、何もかも思い通りになり、退屈せず、満足していられることが、彼女の幸せなのでしょう。でもそれはきっと、自分自身で努力して空虚さを埋めていけるようにしなければ、この世のどこにも存在しないものなのに。 

それが、この15年あまり、彼女を見つめてきた私の感想です。もちろん、余計なお世話ですし、そんな、望まれてもいないことをわざわざ言う必要はないのですから、本人には言いません。

 

彼女が、旦那さんを不幸にしなければいいな、と 、そう思いました。

でもきっと、この結婚は不幸な結果に終わるだろう。そして、傷つくのは友人の彼女ではなくて、この人の良さそうな旦那さんだろう。

この勘が外れればいいな、と強く思いました。

 

 

対岸の彼女 (文春文庫)

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*1:友人の一人からは後日、あの旦那はあの子にはもったいないよね、との発言あり。